株式会社東洋館出版社
課題解決を超えたフルリニューアル。ADDIXデザインが手がけるこれからの教科書とは
2025.04.28
クライアント課題
- オールカラー化によるビジュアルの改善
- 教科書を手に取る生徒や先生の体験価値を、時代に即してアップデート
ADDIXの創造
- ユーザーインサイトを追求した視認性の高いエディトリアルデザイン
- 「学習」と「くらし」をつなぐための、ストーリー性をもったコミュニケーションデザイン
初版から10年余。ベストセラーのリニューアルにかけられた想い
特別支援学校の生徒向け教科用図書『「くらしに役立つ」シリーズ』のリニューアルには、どのような背景があったのでしょうか?
「くらしに役立つ」シリーズは、知的障害特別支援学校高等部の生徒がくらしを豊かに過ごし、将来自立して生活していくために必要な知識と教養を、楽しみながら学べるようにつくった教科用図書です。2007年に第1期(国語・数学・社会)、2011年に第2期(理科・家庭・保健体育)、2021年に第3期(英語、音楽、ソーシャルスキル)の計9冊を刊行し、全国の特別支援学校で長年にわたり活用いただいています。
今回のリニューアルの目的は、平成31年の学習指導要領改訂を踏まえて内容をブラッシュアップし、生徒が過ごしている現在と、これからの時代に即した教科用図書にすることでした。

株式会社東洋館出版社 書籍編集部 / 雑誌編集部 副部長 西田亜希子さん
リニューアルしたのは、国語・社会・数学・理科・保健体育・家庭の6冊。とはいっても、旧版ですでに確立していた基本コンセプトを変えるものではありません。この「くらしに役立つ」シリーズは検定教科書ではないので、本来の役目である「生徒が将来自立して生活していくために必要な知識と教養を伝える」という原点に再フォーカスしながら、5つの編集方針を定めました。
1. 生徒の生活の充実や、将来の自立した生活に必要な内容に厳選する。
2. 生活に結びついた題材を取り上げるとともに、スモールステップでの指導を取り入れた学習しやすい内容とする。
3. 平成31年版学習指導要領及び解説に基づいた内容とし、改訂の趣旨を生かして、見通しとふり返り、主体的・対話的な学習活動や発展的な内容も加える。
4. 「学んだことが生活で使える」というコンセプトを基本とする。
5. 内容は中学部2段階/高等部1段階までを想定。内容のまとまりや生活実態に応じて、発展的な内容も扱う。
これらを踏まえたうえで、2色刷りだったページを全てオールカラーに刷新するなど、ビジュアル的にもよりわかりやすいものを目指しました。
そもそもこの「くらしに役立つ」シリーズの出発点には、「生徒のみなさんが持っていて誇れるような教科書にしたい」という想いがありました。

株式会社東洋館出版社 書籍編集部 / 雑誌編集部 大岩有理奈さん
ご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、特別支援学校の高等部では、検定済教科書の代わりに、下の学年や中学校の教科書、または市販のドリルなどを使用することがあります(※)。しかし、自分より下の学年や学校の教科書などを使うことに抵抗がある生徒もいるはずです。教科用図書として、生活に必要な知識や教養を理解しやすくすることは大前提ですが、これを手にした生徒が「これは自分たちのために作られた教科書なんだ」と思えることが重要でした。そのため、“青年らしさ”を感じてもらえるようなものにしたいという想いが強くありました。
※学校教育法附則第9条による
“商品企画×エディトリアルデザイン”で追い求めたデザイン
教科書という特殊な領域において、とくに意識した点はどこでしょうか?
前述のとおり、「くらしに役立つ」シリーズは検定教科書ではないため、一般的な教科書に定められているようなレギュレーションがありません。すべてを自分たちで決めていかなければならないわけですが、教科用図書という責任ある書物なので、曖昧にすることは許されません。
内容については、旧版で伝えてきたテーマや基本構成に大きな問題はありませんでした。けれども、「生徒が将来自立して生活していくために必要な知識と教養を伝える」ためには、よりよい見せ方=デザインの改善が必要なのではないかと。
そこで、この教科用図書は「誰が、どのように使うのか?」を改めて考えてみたんです。先生にとっては、目の前の生徒の実態に合わせて内容を「ピックアップしやすく共有しやすい」ものであるべきですし、生徒のみなさんにとっては、その内容がもっと「直観的にわかりやすく読みたくなる」ものであるべきだということが見えてきました。

オールカラーにするだけでも表現の幅はぐんと広がりますし、見やすさもかなり改善できます。しかし、たとえ同じ要素であっても、デザイン次第で見え方は大きく変わってしまうもの。教科用図書は要素も制限も多い特殊な分野ですから、一般的な書籍や雑誌とはまったく異なるデザインスキルが必要不可欠なんです。
今回ADDIXさんにデザインを依頼したのは、そうした教科書のデザイン経験があり、コンペの段階で高いスキルをもっていると感じられたからです。
ありがとうございます。これまでも雑誌やWebサイトなどのリニューアルをいろいろと手がけてきましたが、今回はとくに社会的意義のある、僕らとしても大変やりがいを感じられるテーマでした。何より、西田さんと大岩さんの「教科の学びと実際の生活との連続性をよりわかりやすく提示することで、生徒のみなさんの人生をより豊かにする学びを提供したい」という想いをカタチにしたいと思いました。

今回僕らが考えたのは『「学習」と「くらし」の架け橋となるために必要なリデザイン』です。生徒一人ひとりの「くらしの物語の中に、学びがある」というコミュニケーションを教科用図書としてデザインする、ということですね。

色彩や可読性の点で多様な生徒にとって学びやすいデザイン(ユニバーサルデザイン)にするとか、スタイリッシュでありながら親しみやすさも感じられるものにするとか、私たちのなかでもいくつかの変えるべきポイントは見えていました。また、守らなければならない条件や制限などもたくさんあったので、それらをADDIXさんに伝えて、デザイン案を出していただきましたね。
思い返すと自分もそうだったんですが、なぜ子どもには「教科書に対する苦手意識」があるんだろう?というシンプルな疑問をずっと考えていました。きっと読みづらいと思わせるデザイン的要因が何かあるんじゃないかと、教科書問屋に行ってひたすら教科書を読み漁ってみたんですね。
そうしたら、「区切り」がわかりづらいからだということに気付いたんです。区切りがわかりづらいことで「どこを見ればいいの?」とか「どこまで読めばいいの?」となってしまうし、何よりも学びと自分たちの生活や未来がつながっているということをイメージしづらいから、距離を感じてしまうのではないかと。
だから、リニューアルでは単元ごとにしっかりと項目を立て、ハッキリと区切りがわかるデザインを意識しました。さらにそれぞれの単元をストーリー化することで、「くらし」という入口から「学び」へとつなげていったんです。

リニューアル内容に合わせてリデザインしたページ(一部抜粋)。エディトリアルデザインで培った経験値を活かし、生徒にとっても先生にとってもわかりやすいデザインを目指した。
見やすさという観点では、イラストやアイコンも積極的に取り入れました。たとえば「考えてみよう」とか「確認しよう」とか、単元内の切れ目もハッキリさせることで、思考の導線や学びの進捗度がより理解しやすくなります。

また、生徒目線で問いかけるようなキャラクター設定を行ったのもポイントですね。ちょっとしたコメントであっても、ただ文字で書くのではなくキャラクターに喋らせることで、学びをより身近に感じてもらうことができます。

編集者としてこれまで数々の書籍などを担当してきましたが、私たちからは出ないようなアイデアや提案をたくさんしていただいたのがよかったですね。“対大人”だけではない、“対子ども”も意識できるADDIXさんならではの素敵なデザインに仕上がったと思います。
日本有数のデザイン集団ならではのチームワーク
制作体制やコミュニケーションではどんなポイントがありましたか?
まずは西田と私で台割や紙面構造を、内容を監修者や各教科の編集責任者と相談して決めていきました。そこから、それらを紙面にどのように落とし込んでいくのかをADDIXさんにご相談しました。
ADDIXさんにはデザインとDTPを担当いただきましたが、これらを一貫して対応できることがよかったですね。制作を進めていくなかで問題や疑問が生じても、しっかりと連携してくれるのでスムーズでしたし、安心感がありました。
今回は大規模のリニューアルだったので、1冊につきデザイナーをメイン1名+サポート1~2名、DTPを1名アサインしました。日頃から頻繁にコミュニケーションしているメンバー同士ということもあり、スピードと対応力には自信があります。社内でこれだけのサポート体制を構築できるところは、あまりないのではないでしょうか。

思えば、約1年間で6冊ものリニューアルを果たしたんですよね。旧版の編集期間を振り返ってみて、また改訂のボリュームを考えてみても驚きのスピード感でしたが、編集委員や執筆者の先生方のご尽力はもちろん、ADDIXさんの対応力とチームワークによるものだと感謝しています。
また、私にとってはコンペのときも印象的でした。中面のデザインカンプだけでなく、オーダーにない表紙案も同時に出していただきましたよね。
いろいろ考えているうちに、「表紙はこれだ!」とひらめてしまい…勝手につくっちゃいました(笑)。
雑誌のデザインをずっとやってきた僕らからすると、表紙はすべてを語るものなんです。この本がどういうものなのか、お二人がおっしゃっていた“青年らしさ”が何なのか。この大切なリニューアルに対する僕らなりの答えを示すには、表紙を見せなきゃって思ったんですよね。
その姿勢がすごくうれしかったですし、ADDIXさんにデザインしてもらおうと決めたキッカケでもありました。そして、宮本憲史朗さんの装画もとても素敵ですよね。

表紙は教科ごとの色分けをより明確にすることで使いやすくし、持っていることがうれしくなるデザインへ。装画には、生徒たちと重なるバックグラウンドをもつアーティスト、宮本憲史朗さんの作品を採用。
表紙のアートディレクションでは、鮮やかで広がりを感じられるものにしたいと考えていました。装画を依頼した宮本さんの作品が想像以上にすばらしかったので、素敵なデザインに仕上げることができました。それぞれの想いが詰まった表紙にできたことは、私にとってもこの上なくうれしいことです。
想像を超えたリニューアルの先で感じたもの
生まれ変わった「くらしに役立つ」シリーズを見て、何を感じましたか?
こうしたリニューアルをしたとき、売上としては例年の80~90%くらいに落ち込むことが通常です。しかし、今回リニューアルした「くらしに役立つ」シリーズは、初年度でも前年比130%の採用をいただきました。そして、2024年度「グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)」を受賞することもできました。グッドデザイン賞に関してはまったく予期していませんでしたが、本シリーズのコンセプトを含め、それだけみなさんに評価していただけたということですから、純粋にうれしいですよね。もちろん反省点やさらなる改善点はありますが、生徒のみなさんの学びに直接寄り添う責任ある書籍をこうしてカタチにできたことは、私にとっての誇りです。

たくさんの方の協力なくして実現しなかったリニューアルでしたし、大変なこともたくさんありました。でも、こうしたうれしい結果を見ると、ちゃんと報いることができたのかなと思います。
教科書は使う人あってのものだと考えていますので、今後は実際に使用された方の声などもさらに取り入れながら、よりよい「くらしに役立つ」シリーズにしていきたいですね。

今の高校生って、すごくおしゃれですよね。そんな彼らが生活する学校にこの「くらしに役立つ」シリーズがあるシーンを想像してみると、きっと僕らのときとは違う素敵な風景があるんじゃないかなと。教科用図書って、勉強のためだけにあるものじゃなくて、手にした人がほっこりするような存在でもあるんだと思います。
印象的だったのは、グッドデザイン賞受賞展(GOOD DESIGN EXHIBITION 2024)でのことです。展示ブースの前を通りがかった方が足を止めて、この本を手にしてくれる姿を見たときにとてもうれしくなって。特別支援学校の生徒に向けたものですが、こうして評価してもらえたことで、このような素敵な教科書があること、それをつくっている方たちがいること、そして、これを読んで学ぶ生徒たちがいるということを、普段目にすることのない方にも広く知ってもらえるキッカケとなりました。ぜひ一人でも多くの方に、長く読んでいただけたら幸いです。


株式会社東洋館出版社について
1948年創業。「熱意はきっと子どもに届く。」をキャッチフレーズに、初等教育にかかわる教育書や、10年毎の学習指導要領改訂のたびに刊行される学習指導要領解説、全学年全教科全単元の板書をサポートする板書シリーズ、学級経営など、教育現場のニーズに応えるさまざまな書籍を出版。近年は、自治体向け電子書籍読み放題&講師派遣サービス「Education Palette」なども展開している。