福島県南相馬市
福島県南相馬市の地域資源マーケティング。インサイトから描く北泉海岸の未来像
2025.06.17
クライアント課題
- 東日本談震災に伴う風評被害の払拭
- 北泉海岸が安心・安全なビーチであることの認知獲得
- サーフィンを軸とした地域の交流人口の拡大
ADDIXの創造
- メディアIPのネットワークを活用したインサイト調査
- 地域資源を活用したマーケティング戦略立案・実行
- サーフィンという趣味を軸とした新たな価値創造
- 地域とターゲットの継続的かつ多角的な“つながり”創出
東日本大震災から14年。福島県南相馬市の今
国内屈指のサーフポイントとして知られてきた北泉海岸の現状と、PR事業を立ち上げたキッカケを教えて下さい。
福島県南相馬市内の北泉海岸は「日本屈指のサーフポイント」として、海資源を活用したまちおこしを地域一丸となって取り組んできました。というのも、北泉海岸の波はサーファーにとって良質かつ頻度が高いことが知られており、2006年から2010年まで、5年連続でサーフィンの国際大会が開かれていたほどです。しかし、2011年の東日本大震災の津波により、海岸に隣接する海浜総合公園や砂浜が流出するなど、まちおこしは後退を余儀なくされました。

福島県南相馬市商工観光部観光交流課 斎藤太郎さん
その後約10年にわたる地道な復旧・復興活動によって、再びサーフィンができる環境を整えることができたのですが、東京電力福島第一原子力発電所事故に起因する風評被害などにより、サーフィンの大会開催数は減少傾向のまま。そこで、北泉海岸を魅力的なサーフポイントとして蘇らせるため、本PR事業を立ち上げました。
現在、南相馬市には約5万人の方が暮らしていますが、サーフィンが大好きで、生涯サーフィンを続けていきたいと考えている方が多くいます。これまでの復旧・復興活動においても、そうした方々の想いや協力はとても心強いものでした。

福島県南相馬市商工観光部観光交流課 鹿山徹さん
一方で、「震災の前の生活に戻れたら…」と思う住民も多くいらっしゃいます。あれほどの辛い経験をしたのですから、当然です。しかし、起きてしまった過去を変えることはできませんし、元どおりに戻すことは残念ながらできません。ですから、南相馬市のみなさんが笑顔になれる未来は、今までと違うカタチでつくり上げていかなければならないと考えていました。
“個人の趣味”から“家族の趣味”へ。サーフィンの新たな価値創造
北泉海岸×サーフィンの魅力を改めて認知させていくために、どんな施策を考えていたのですか?
南相馬市にはもともと、「サーフツーリズム構想」があります。これは震災前に取り組んでいたもので、サーフィン愛好家や宿泊事業者、商業者などの民間が主体となって推し進めているプロジェクトです。なので今回のPR事業は、南相馬市で暮らす住民の一人ひとりがいきいきと活躍できるものにしたかったんです。そこで、サーフィンという趣味を切り口として北泉海岸の認知向上を図る、サーファーを軸としたPR動画をつくりたいと考えました。
もうひとつは、北泉海岸の「魅力とは何か?」を可視化するための調査です。名実ともに国内外から高く評価されてきた北泉海岸ですが、具体的に「何がどのくらいいいのか?」と聞かれたとき、実は明文化できていないことに気付いたんですね。
前述のとおり、南相馬市にはたくさんのサーファーがいらっしゃいますが、サーフポイントとしての魅力発信という観点では、個人の感覚に立脚していたように感じます。しかし、外に向けて何かしらの施策を行っていく上では、誰が見ても同じ認識をもてる客観的データが必要不可欠ではないかと考えたんです。
そんな思いから、PR動画の制作と調査の2つを依頼できるパートナーを公募しました。
PR動画のお題が「サーフスポットとしての北泉海岸の魅力が十分に伝わり、足を運びたくなるような映像」でした。まずはそのコンセプトを考えるために、サーフィン関係の有識者やサーファーたちにデプスインタビューを行いました。サーフィン専門誌『FUNQ NALU』メディアIPを持っているため、専門的な分野に精通した方とすぐ繋がれる上、また、インサイトを深く掘り下げた企画を考えられるのもADDIXの強みだと思います。

そこでわかったのは、サーフィンを趣味とする方はたくさんいるけれど、毎週海に通ってサーフィンをしている方は意外と少ないということでした。理由を尋ねると、「家族がいると、休みの日に自分だけサーフィンに行って楽しむのは後ろめたい気持ちになる」と言うんです。
一方、北泉海岸は「ビギナーから上級者まで満足できるサーフポイント」と呼ばれていますが、調査からその地形や波質に高いポテンシャルがあるということも改めてわかり、これだ!と思いました。北泉海岸でのサーフィンを、“個人で楽しむ趣味”から”家族や子どももいっしょに楽しめる趣味”にアップデートできたら、サーフポイントとして新たな付加価値づくりになるのではないかと。
そうして生まれたのが、サーフィン好きな父親と北泉海岸で初めてサーフィンをする息子が登場する「はじめてのサーフィン in北泉」という企画でした。
正直、子どもを起用した企画がこの風評被害を払拭する映像として効果的なのか?と、プレゼンの質疑応答で指摘する声もありましたね。
そのご質問はよく覚えています。でも、北泉海岸で楽しい思い出が生まれていくことを伝えることで、安心感や期待感をもつ方は多いと考えていました。難しいテーマですが、映像だからこそ表現できるという確信もあったので、提案段階から気合いが入っていましたね。
ターゲットの目線で考えると家族の物語にする意義がある、と回答いただいて、私たちにとって大きな気付きとなりました。
仕上がりもとても自然なストーリーで、かつ説得力のあるPR動画でしたよね。
目標再生回数の2倍となる10万回再生を達成できたのは、多くの人に共感してもらえた結果だと思っています。1児の父であるサーファーから「ぜひ息子と行ってみたい」というコメントまでいただくことができ、うれしい限りですね。

調査からは、他にもさまざまなデータが確認できました。北泉海岸に来る観光客については、サーフィン愛好家を含めても40~50歳代が最も多く(49.6%)、“サーフィン=若者のスポーツ”といった印象をもつ方も多いですが、実際はそうではなく、本施策として狙うべきターゲットに合致していることが裏付けされました。
また、これまで感覚的に評価されていた波質については、「コシハラ(※)以上の波のある確率が年間で約83%」と、全国のサーフスポットにおいてもトップクラスであることが証明されました。波がある確率が高いということは、休日に確実にサーフィンを楽しみたい方にとって、よりベストな場所であるということ。PR動画のストーリーを後押しする材料にもなり、その後の施策にも活かすことができました。
※日本のサーフシーンにおける表現のひとつ。海面に人が立ったと想定したとき、波の高さ(波の頂上の位置)が体の腰~腹あたりにくることを指す
サーフィンをする上で原発事故の影響を気にするかという問いに対しては、「どちらともいえない」「どちらかというと気にする」「気にする」が 40 %を超え、原発事故から 10 年以上たった今も大きな影響があるということがわかりましたね。本PR事業は、2022年にスタートして2025年で4期目を迎えますが、こうした調査結果が、その後の施策を定めていく上での重要なポイントになったと思います。
ビーチが観光のハブスポット化を目指す『知る』『来る』『通う』ロードマップ
「えぶなみ北泉」やイベントなど、多岐にわたる施策はどのように設計していったのですか?
こうした自治体との取り組みでいつも重要視しているのは、補助金がなくても継続できる、自走できる事業にすることです。もちろんそれは短期的に完了できるものではなくて、お金も時間もかかります。だからこそ、都度スコープや目標を明確にしつつ、成果を着実に積み上げていける施策を実行し続けていくことが大切です。
1期目のPR動画、そして調査を通して、北泉海岸の魅力を「知る」キッカケを与えることができましたが、そこで終わることなく実際に北泉海岸に「来る」ことが大事であり、やがては「通う」ようになってもらいたい。続く2期目~3期目は、そうしたステップをひとつずつクリアしていくイメージでした。

オンライン・オフライン問わず多角的なタッチポイントを設計した、北泉海岸サーフタウンPR事業推進ロードマップ。夏季の気温上昇などで全国的に“海離れ”が進む中、2024年度の北泉海岸は前年度とほぼ同数の約22,000人が現地を訪れた。
2期目は多岐に渡る施策を束ねたプロモーションのコンセプトが必要だと思い、ディスカッションを重ねていきました。その中で、斎藤さんから「北泉海岸でしか言えないことを言いたい。そのために調査のエビデンスが使えるのではないか。」とご意見をいただきました。
北泉海岸で実施した波質調査から「コシハラ以上の波のある確率が年間で約83%、ヒザモモ以上の波は毎日ある」と、全国のサーフスポットにおいてもトップクラスであることが証明されていたので、他の競合サーフポイントにはないポイントを活かさない手はないと考えました。この事実を元に生まれたコンセプトが「波がある確率 365/365のサーフポイント」、つまり、いつ来ても100%波があるということです。
波がある確率が高いということは、休日に確実にサーフィンを楽しみたい方にとって、非常に重要な判断軸。ユーザーのベネフィットが明確になるコンセプトです。
毎日波が来るから、エブリデイ波が来る…そうして立ち上げたのが「えぶなみ北泉(https://evnami-kitaizumi.com/)」という北泉海岸の情報発信サイトです。毎日サーフィンができることを7曜日に例えたキャラクター集団「えぶな民」も開発し、SNSアカウントも立ち上げて、地元グルメや宿情報、サーフショップなどを紹介しながら、北泉海岸の魅力を具体的に発信していきました。

原発事故や処理水に関する情報について、正確かつタイムリーに、そして丁寧に発信していく必要があることもわかったので、TOPページから安全性についての情報をすぐに見ていただけるようにしました。
また、南相馬市のローカルサーファーが子どもたちにサーフィンを教えるサーフィン体験会「はじめてのサーフィン in 北泉」をリアル開催。2025年で3年目になりますが、毎年県内外から多くの参加者が北泉海岸に訪れ、サーフィンの魅力を身近に感じていただいているコンテンツに成長しています。
参加者の中にPR動画をキッカケに参加してくれた方がいて、「最高の思い出になりました」と話かけてくれたんです。その時は本当に感無量で、ADDIXの皆さんとよろこびを分かち合いましたね。

ローカルサーファーが子どもたちにサーフィンを教えるサーフィン体験会「はじめてのサーフィン in 北泉」。現地では「北泉海岸の7つの思いやり」を書いた看板を制作した他、サーフボードやウェットスーツのレンタル、PR動画で登場させたチケットを実際のチケットとして用意するなど、オンラインからオフラインへ、そして北泉海岸とそこへ訪れた人とのつながりを深めるさまざまな工夫を凝らした。


日本一の“フレンドリービーチ”を目指して
新たなカタチでその魅力を伝え始めている北泉海岸。これからの展望をお聞かせください。
このPR事業を通して、北泉海岸という素晴らしい地域資源があることを再認識できました。私も含め、市内に暮らしていても、その魅力に気付けていない方は多いのではと思っています。
しかし、ここ数年のPR事業が実り、市内の方にも徐々に認識されているようになってきました。毎年夏に北泉海岸で開催される地元イベントがあるのですが、その主催者がこのPR事業を知ってくれていて、「いっしょに何かできることはありませんか?」と声をかけてくださったんです。うれしいですよね。これまではサーフィンを主軸に情報発信をしてきましたが、今年度はサーフィンに限らず、老若男女全ての方に北泉海岸の魅力を伝える方法を探っていきたいと思います。

PR事業としては1年刻みですが、深江さんもおっしゃっていたように、新しいブランディングを市場に浸透させるためには、中期的な取り組みが必要なんだと実感しています。とはいえ、お互いに忖度することなくコミュニケーションできるADDIXさんだからこそ、ここまで続けられたものだと思います。
今後は、サーフツーリズム構想との連携を強めていきたいですし、サーフィン関連事業者以外の方をいかに巻き込むか?も考えていきたいですね。北泉海岸を訪れた方がもっと楽しんで、住民の方も「いいよね」と満足してくれるような南相馬市を目指し続けます。
斎藤さんがいつもおっしゃることで、僕がいつもいいなと思うのは「言われたとおりのことをするんだったら、ADDIXに依頼しませんよ」ということ。いろんな制約や条件がある中で、バランスよりも目標に向かうことをちゃんと優先していて、僕らも含めた同じチームとして動いてくれる。その上で、事業に関わるみんながそれぞれの担当領域や立場でがんばっているというのが、今日までの成果のすべてだなと思っています。2026年度まで続くPR事業ですが、もっと還元できるように引き続きがんばっていきます。

PR動画からスタートし、デジタル施策、リアルイベントまで、この場所にも何度も足を運びながら、本当に多角的なプロモーションを行ってきました。2024年には、北泉海岸のビジョン「フレンドリービーチ」を目指し、訪れた方たちとのつながりを深めるフォトスポットを設置するなど、来ていただいた方とのコミュニケーション深化にもチャレンジしました。Webサイト「えぶなみ北泉」を見てきましたという親子に会ったときは、心からうれしかったです。こうした体験を「いっしょにつくっている」と感じられるのは鹿山さん、斎藤さんをはじめ、南相馬市の皆さんあってのことで、つくり手としてとてもありがたいです。1人でも多くの方が「北泉海岸って最近盛り上がってるよね」と思ってくれて、実際に足を運んでもらえたら最高ですし、私たちといっしょに北泉海岸を盛り上げてくれるような“仲間づくり”にも挑戦していきたいです。


福島県南相馬市について
旧小高町、旧鹿島町、旧原町市の1市2町が合併して誕生した、福島県北東部の相双地域に位置する市。国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」をはじめとするさまざまな文化資源や地域資源にあふれる中、“サーフィンの聖地”とも呼ばれるサーフスポット「北泉海岸」の魅力を発信するサーフタウンPR事業を展開。北泉海岸サーフ情報サイト「えぶなみ北泉」を中心に多角的なプロモーションを行う。